あなたのね、おそばにいたいだけなのよ










夜、空は晴れ渡り満天の星空、闇濃い海をすばらしく早い速度で船は進む。

静粛に寄せる波の音。そこへ微かに、ひどく微かに誰かのハミングする声が混じっている。





「なんだ、誰が歌ってんのかと思ったら、ナミか」


きらきらと瞬く星を見上げて歌っていたナミの目の前に、ルフィがひょこりと眠たそうな顔を出した。


「あら、ルフィ。うるさかった?」


ナミは見張り台にルフィの腕を取って引き入れながら訊ねる。


「別に。便所行って戻ってきたら知ってる歌を誰かが歌ってたから来たんだ」


「ルフィもこの歌知ってるの?」


狭い見張り台で、二人肩を寄せ合って座る。ルフィの思いがけない言葉に、ナミは嬉しそうな顔をした。


「しし。知ってる。オレ大好きなんだあ。この歌」


「そっか。私はね、うんと小さな頃にベルメールさんがいつも歌ってくれてたの。ららら〜。ね。
 でも・・・どうしてもメロディが思い出せないところがあって。あんた分かる?」


「・・・ららら〜の後か?」


少し寂しそうなナミの問いに、ルフィも口の中でメロディを呟きながら考えた。


「なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ?」


二人で目を合わせて、いたずらな笑みを浮かべて、一緒に歌う。


「どんなメロディだっけ?」


その時、ひときわ大きな流星が流れて、二人は同時に声を上げる。


『らら〜ららら〜ら。だ!!』


「いっつも歌っていたのに忘れるなんていやになるわ」


「オレは今まで忘れてた。でも、なんでか歌ってるエースの顔は覚えてた」


「お兄さん?」


ナミは一度だけ会ったことのあるルフィの兄を思い出す。
奔放な弟に対してずいぶん礼儀正しい人だった。小さな頃のルフィを、長い間見守ってくれていた人。


「おう。エースはオレがちっせえ頃、泣いたりした時にこの歌を歌ってくれたんだ。
 エースは歌がすっげえへたくそでさあ、悲しくてしかたねえのに、つい笑っちまうんだ」


ルフィは鼻の頭を擦りながら、懐かしそうに兄のことを語る。


「・・・わたしもノジコに会いたくなっちゃったなあ」


ナミが言うと、


「すぐに会えるさ」


そう言ってルフィはニッと笑い、ナミの肩をぽんぽんと叩く。
それからもう一度、二人で歌った。暗い海の上を微かなハミングと星が遊ぶように絡み合いながら滑っていく。















「・・・闘うのね。その・・・いつかエースと、兄弟なのに」


ふと歌が止んで、ナミが不安げに訊ねた。


「・・・ああ。次会うときはその時だ」


いつになくルフィが硬い声を出す。


「オレとエースは近いけど全く違う夢を持ってるだろ」


―兄はある男を海賊王に成らせたいと冀う。


「・・・兄弟だからって闘わないのは最初から負けてんのと一緒だ。そんな奴は海賊王になんてとてもなれねえ。
 夢の為にエースは全力で来る。だからオレも応えなきゃいけねえんだ」


―弟は海賊王に自らが成ると冀う。


「・・・辛くはないのね。それが運命で、いつかあんたたちを引き合わせる絆なのね」


「しし。そうだ。また会えるから、楽しみな方が大きい。でも、オレ、エースに勝ったことねえんだよなあ」


腕を組んで困った顔をするルフィを見て、ナミは笑う。


「勝つのよ、海賊王。あんたは誰よりも強くなって、あたしたちを導いてそして・・・」


ナミがルフィに思い切り抱きつく。そうして、ゆるぎない約束をルフィに囁く。


「あたしの・・・あたしたちの夢をあんたは必ず見届けるんだから!!」


「・・・そうだ。オレは負けねえ」


今度はルフィがナミをきつく抱きしめ、麦わら帽子を被りなおして、小さな声でありがとうと言った。


「オレはナミの手が好きだ。この手はこの船を導いて、この船の居た後を残す。この手が・・・ナミが好きだ」


「ルフィ・・・」


もう一回、歌ってくれ。なんだか眠くなってきた・・・。ルフィはナミの肩に頭を乗せて、幸せそうに目を閉じた。


「・・・あたしの歌は、高いわよ・・・」


ナミはルフィの鼻を軽くつまむと、小さな声で歌い始めた。














「ああ〜。ナミさんはなんて美しい歌声なんだ〜! まるでセイレーンが歌っているようだよ〜」


「あら、大変ね。そうしたら船長さん歌声に惑わされて海に落ちちゃうわね」


甲板には、ナミの歌につられて、いつの間にか全員が上がってきていた。
昔、子供の頃に聴いたことのあるような優しい音色を聞きながら、ロビンとサンジ以外のクルーは寄り添って静かに眠っている。


「いいや、ロビンちゃん。見てみなよ。どうやら惑わされているのは・・・」


サンジが見張り台を指差す。そのとき丁度、流れる流星と月を背にして、ナミがルフィに抱きつくのが見えた。


「美しいセイレーンの方みたいだよ」


「あら、可愛いのね・・・」


ロビンとサンジが顔を見合わせて笑う。


「今夜くらいはナミさんを独り占めするのを許してやろう」


サンジも、マストに寄りかかると歌声に耳を澄まし目を閉じた。


「おやすみなさい、コックさん」


ロビンも読みかけの本をぱたりと閉じた。
















夜、空は晴れ渡り満天の星空、闇濃い海をすばらしく速い速度で船は進む。


旅は続く。


夢は続く。


甘く懐かしい歌に心を満たして、暫し、休息。





おやすみなさい、良い夢を。












END