だからね、あなたにそう言って欲しいのよ
「おやつだ、マリモマン」
ゾロがいつものように昼寝をしていると、おやつセットを手に持ったサンジが、ゆっくりと近づいてきた。
「・・・おう。そこに置いといてくれ」
ゾロは、片目だけを開けてサンジの姿を確認すると、もう一度眠ろうとする。
「おいおい、こら、寝るな。今日のおやつはショコラスフレだ。
ふくふくで温けえうちに食わねえと、しぼんじまって風味が落ちるんだ」
サンジはそういうと、ゾロの膝の辺りを容赦なく蹴りつけた。
「・・・お・・・いってえな。もうちょっと優しく起こしやがれ」
「はは。オレが優しいのはレディに対してだけだぜ」
サンジは新しいタバコを取り出すと、全く悪びれない態度で火をつけた。
ゾロはあくびし、腹を掻きながら起き上がると、サンジの手からおやつを受け取る。
「へえへえ。そりゃお優しいことで。・・・いただきます」
「はい、どうぞ・・・」
サンジはゾロの目の前にしゃがみこむと、おやつを食べるのをじっと見つめていた。
「・・・もう、行けよ? 食い終わったら皿下げとくからよ」
「おう・・・」
しかしそういったままサンジは全く動こうとしない。なにか言いたげにじっと見つめてくるので、ゾロは少し苛立ち、声を荒げようとした時、
「なんか、最近ちょっと機嫌が悪くねえか」
サンジは風向きを見て、おやつを食べているゾロの方向へ煙がいかないように勤めながら、ゆっくりと煙を吐き出す。
「誰が?」
「お前」
ゾロは最後の一口を食べ終わると、空になった皿をぽんとサンジの頭の上にのせる。
「ごっそさん。訳がわかんねえこと言ってないでさっさと厨房に戻りな」
「・・・機嫌、悪くねえ?」
皿を頭に乗せたままキッチンの方に歩いていこうとしたサンジは、少し不安げに振り返った。
「絶好調だ、ぐるまゆ」
「ぐるまゆ、言うな」
可々と豪快に笑うゾロをみてサンジは足を上げ、蹴りつける真似をしてから去っていく。
「・・・機嫌が悪いわけじゃねえ。ただ、少し気にいらねえんだよ」
ゾロは、ナミに呼ばれて嬉しそうに甲板を走っていくサンジの後ろ姿を眺めて、そっと溜息をついた。
「ゾロの機嫌? さあ、悪いとは思わねえけどな」
見張り台でナミのタクトを弄繰り回しながら、ウソップは首を傾げる。
「なんか、違うような気がすんだよな」
サンジはウソップの食べたおやつ皿を回収しながら、下でルフィ達にちょっかいをかけられているゾロを見下ろした。
「・・・んじゃあ、俺達には普通なんだ。サンジだけにおかしいんだろ? またなんかゾロを怒らしたんじゃねえか?」
「怒らせたことか?・・・一切記憶にねえな」
サンジはなぜかえらそうに胸を張って言い切る。
「・・・そうですか思い出せねえんですか・・・」
ウソップは今まで散々サンジがゾロにやらかしてきた、些細だがしつこいいたずらをいくつも思い出して眉をひそめる。
「まあ、とにかく本人とよく話し合ってだな。そうだ、俺が昔親友の巨大イカとけんかした時なんかな・・・」
「なーにー、ロビンちゃーん!? はーい! 今行くからね〜! メロリーン!!」
「いや、聞けよ人の話・・・」
サンジは目をハートにして叫ぶと、ウソップのツッコミを無視してメインマストを降りていく。
「さすがラブコックだな・・・まあ、おれなんて昔百人の美女に同時に囲まれ・・ひい!」
ウソップが溜息をついて見下ろしていると、眉をひそめてサンジをにらみつけるゾロと 眼が合った。
「こっこええ・・・」
サンジ、なんか怒らせてるぞ完全に・・・気をつけろよ・・・。ウソップは小さな声で愛に向かってひた走るラブコックへ声をかけた。
「なあ、それいつまでやるんだ?」
夜。甲板でトレーニングをしているゾロにサンジが訊ねる。
「・・・まだ、止めない。もう寝ろ其処にいられると邪魔だ」
「なんだ、つまんねえな」
サンジは手すりにもたれかかり、けだるげにタバコを吸った。凪いだ海、月が雲に隠れてしばし、闇が濃くなる。
「なあ、しようぜ?」
(ゾロの汗のにおい、すげえ興奮する)
いつの間にか近寄ってきたサンジが、ことさらゆっくりとゾロの首に腕を回し、耳元に甘く囁く。サンジのタバコ臭い息が首筋にかかる。
「・・・今日は、しねえ」
その肩を、ゾロがトンと軽く小突いて自分から離す。
突き放されたサンジは、最初驚いたような顔をしていたが、やがて怒ってゾロの胸元を強く掴んだ。
「・・・なんなんだよ! おまえこないだから何怒ってんだ! ちゃんと言え! じゃねえとオレ・・・わからねえんだよ」
言うだけ言うと、サンジは急にしおらしくなって俯く。再び現れた月が、サンジの綺麗な金髪を誇張して照らし出す。
「・・・わりい。おまえ、そんなに気にしてたのか」
ほんとに、怒ってるわけじゃねえよ。そう言うとゾロはサンジの頭を片手で引き寄せて抱きしめる。
「・・・汗くせえ」
サンジは顔を上げないまま涙声で言う。
「・・・お前、その・・・オレには・・・」
「なんだよ」
サンジはゾロの胸に顔を埋めたまま上目遣いで彼を見た。ひどく近い場所に、なんだか赤面したゾロの顔がある。
「メッ」
「め?」
ゾロは言いにくそうにサンジを見下ろし、やがて観念したように言った。
「お前、オレにはメロリンてやつしねえのかよ!」
一瞬、二人の間にひどく気まずい空気が流れる。
「・・・」
サンジは無言でゾロから離れると、新しいタバコを取り出して、火をつけようとした。
「メ、メロリンですか・・・」
落ち着こうとしてマッチをするがなかなかうまくいかない。
「じゃあ、あれですか、ロロノアさんは、オレに、メロリンってして欲しい・・・訳ですか・・」
「そうだ」
開き直ってえらそうに腕を組むゾロを見て、サンジは眼を剥き、タバコをマッチごと床に落とした。
「だからお、オレがナミさんたちばっかりにメロリンするから、怒ってたわけですね・・・」
「まあ、そういうことだな」
その瞬間、サンジの中のなにかがぷつりと切れた。
「ふざけんな!! オレが、男のお前に向かってメーロリーン! なんてやって誰が得する!!
お寒いだけじゃねえか!! うわあああちょっと想像しちゃった! うあ、キモ! オレキモー!!」
頭を抱えてうろうろと徘徊し叫びまわるサンジを、ゾロはあきれた顔で見つめる。
「オレだ。あん時のお前はなんというかすげえ可愛い。抱きしめて、その場に押し倒して、キスの一つもかましてやりたくなる」
しいん。とその場の音が一切無くなったような沈黙がしばらく続く。
「・・・ゾ、ゾロ。め、メーロリーン」
サンジが固まったまま口先だけで言った。
「・・・」
すると、ゾロはたちまち耳まで真っ赤になって、無言でサンジの柔い髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「いたいっいたたた! 離せこのバカ力!!」
「あー。堪らねえ。可愛すぎだぜこのクエスチョンは」
強い力でサンジを抱き寄せる。
「メロリンはオレだけにしろ。他の奴に見せるのは勿体ねえ」
ゾロはサンジの両頬を軽くつまむと、ブニっと横に引っ張る。
(柔い・・・)
その感触が面白くて、ゾロはなんどもサンジの頬を指で突いたり引っ張ったりした。
「ひへえよ・・・ひいはへん、ひゃめろほな・・・」
されるがままのサンジは飽きれたようにゾロを見る。
「・・・メロリンは世界中の美しいレディの為にだけあるんだよ」
だからお前には言わねえの。サンジはポツリと呟いた。
(毎日、小さなちょっかいかけて、少しでもその視界に入っていられるように言葉を交わす。いさかいを起こして、少し、触れる。
だって、それだけで恥ずかしい。
メロリンなんてお前に言えない。
そんなこと言ったら、余計お前におぼれる。もっと好きになる)
サンジは少し拗ねたような顔をして、タバコを銜える。
「まあ、そのうちになー。気が向いたらなー」
ゾロから離れると、サンジはひらひらと手を振ってキッチンの方へ歩いていった。
「・・・チョッパー」
「なっ! なんだゾロ!! オレになんか用か!」
先ほどから隠れて、(正確には柱の影から全身丸見えで)様子を伺っていたチョッパーに、ゾロは振り向かないまま声をかけた。
「おまえ、メロリーンって言ってみな」
「はあ? オレが?」
ゾロがくるりとチョッパーのほうを向く。その無言の威圧感に、チョパーはサンジのマネをして体をくねらせた。
「メ、メーローリンーだぞ〜」
キッチンの扉が閉まる。その外で、ゾロは思わずチョッパーを抱きしめた。
「な、なんだゾロ! 止めろはなせよおお!」
チョッパーは半泣きになってゾロから逃れようと暴れる。
「チョッパーは可愛い。けど・・・やっぱり、ちゃんと、そうあいつに言わせないと駄目だな」
ゾロが手を離すと、チョッパーが猛スピードで走り去る。
「けど、ちょっと恥ずかしいか?」
そう呟くと、ゾロはその場に座り込み嬉しそうに苦笑した。
・・・夢の中なら何度でも言ってるんですがね。
キッチンの扉の内側、こちらも顔を真っ赤にして、苦笑していた。
END