胡蝶の夢













「兄さん、今晩どうだい」

木の葉にほの近い峠の茶屋で、声をかけてきた女を買った。

「遊んでいきなよ」

他にも何人か女がいて不躾な視線を投げてきたが、
なにぶん山奥の、出稼ぎに行っている亭主を待つ片手間に体を売るような連中だ。
山だしの猿のようでひどく食指をそがれる。しかし、その女だけは他と違い、白く清潔でよい匂いがした。

「ね」

無言で女の細い肩を抱いた。猫のような瞳、短く切りそろえた、匂い経つような黒髪に、妙に親近感を覚える。
女は笑って体を摺り寄せてくる。女たちのため息とも羨望ともつかない声が諦めたように上がる。

そのまま、鬼鮫にも好きにしろと言い残し、二人で奥の闇に消えた。

 

うんざりするほど長い廊下を通り、部屋についた途端無粋にも余裕なく女を押し倒した。
木の葉に近づくたびに妙に人肌恋しくなり、体が疼いた。
着物の帯を解く間もわずらわしく、乱れた裾から手をいれ指を突き立てかき回した。

「ああ・・・・・痛いよ兄さん・・・・・」

言いながら、女はまんざらでもない顔をして、上ずった声を上げる。
そのまま女はこちらの腰に両足を絡めて秘部をこすり付けてくる。
豊かな乳房に吸い付きながら、導かれるままに女の中に入り込む。そのまま、あっけなく、果てた。

 




「兄さん、名前はなんていうのさ」

女が着物をひどく乱したまま起き上がる。その白い背中には、極彩色の入墨が施してある。

「・・・・・イタチ」

いつもは名乗ることなど無いのに、今晩は何かおかしい。
イタチは女の滑らかな背中を撫でながらぼんやりと寝転がっていた。


「イタチ?兄さんはどっちかって言うと猫とかそんな感じなのにね」

女はくすぐったそうに身を捩りながら声を上げて笑う。
イタチにはその声がわずらわしくて、かといって声を上げるのも馬鹿らしいと、やり過ごすように暫く眼を閉じた。

「おや、兄さん、爪の色が剥げてる」

塗りなおしてあげようね。女はいそいそと用意する傍ら、酒と簡単な肴をイタチの枕元に置いた。

イタチは女に片手を取られてしまったので、空いているほうの手で盃を取って酒を舐めた。
頭のおくが痺れるような甘い味。心地よい程度の辛みと強さが体内を巡る。

「・・・・・・美味いな」

久しぶりに口にした酒に眼を細める。
そのまま何度も盃を重ねていると、段々と視界が歪み始めた。
そのままけだるい心地よさに酔っていると、女がイタチの上に跨ってくる。

「・・・・・ああ」

イタチはひどく意識が乏しくなっているのを感じた。
しかし体は女のくれる快楽に頭をもたげる。
女は先ほどまでの柔和な態度を改め、挑むように腰を動かし、形の良い眼で睨み付けてきた。

「・・・・・いい眼だな」

蠢く白い腹に指をなすりつけた、爪の色が剥がれてそこに跡を残す。
イタチの指先は濃い血にそれを浸したように滲んだ黒で染まる。

「綺麗な指。こんな神経質そうな指で・・・・・人を殺したんだね」

「・・・・・なに、を・・・・・」

女がイタチの胸に爪を立てる。皮膚が裂けて血が滲む。

「親友や両親や、一族を殺したの」

「・・・・・うるさい」

「罪の意識は無いの!あんたみたいなのが生きてるなんて許されないわ!」

女の眼は憎しみにらんらんと輝き、長い爪を何度も何度もイタチの肌に突き立てる。
拳でどんどんと殴り、あらん限りの力でイタチをねじ伏せようと奮闘する。

「黙れ!!」

緩んだ意識のまま、女を突き飛ばした。
しかしいまだ繋がったままの下半身を感じて、イタチはそのまま闇雲に腰を突き動かした。
怒りやその他の感情は無かった。
ただ、女を黙らせたいという欲求だけでもって女を穢す。
痛がって身を捩るのも構わず、ただ強い力で動きを封じ犯し続けた。

「いたい・・・・・」

「煩い」

女の顔が不意に歪む。その顔が妙に幼く見えた。

「痛いよ、兄さん……」

悲鳴を上げる声、それは紛れも無い子供の、サスケの声で・・・・・。

「・・・・・!サス・・・・・!」

イタチの動きがぴたりと止まる。
その体の下には、彼よりも二回りも三回りも小さく華奢な少年の体があった。

「な・・・・・」

「無粋だなあ。兄さんは。ほら見て、裂けちゃったよ・・・・・」

サスケが自ら股を開いてそこを見せつけ、イタチと同じ赤い眼でみだらに笑う。

入れたままのそこはひどく裂けて、血と生臭い精液でぬらぬらと濡れている。
腹には、イタチの描いた黒がはっきりと残っている。

「……サスケなのか?」

イタチは震える両手でサスケの顔を挟み、検分するようにジックリと眺めた。組み敷かれたままのサスケは無言で微
笑み、イタチの手にゆるゆると頬を擦り付けた。

 「あ……サスケェ」

サスケはイタチの指を口に含んで舐め始める。柔らかい舌が何度も絡み付いてきて、イタチの体が再び熱くなる。サ
スケは薄く笑み、赤い眼を上目遣いに、イタチを誘う。

「あたし・・・・・あんたが殺した一族の一人とねんごろな仲だったんだよ」

そう、サスケが呟く。

「・・・・・黙れ」

「でも、あんたが壊した。あたしの唯一の幸せを。きっと迎えに来てくれるって約束したのに・・・・・あんたが」

「黙れ!!」

「俺の幸せを壊したんだ!」

イタチの指がサスケの首に絡む。強く強く締め上げる。




やはり、殺しておけばよかった。

あの時一番先に、誰よりも・・・・・。

 






「イタチさん。止しなさい」

鬼鮫の冷えた声でイタチは我に返る。
死に掛けていた女は、空気を深く吸い込みすぎて、咽て何度も吐いた。

「・・・・・鬼鮫?」

未だ歪む視界を正そうと、イタチは眉間に指を当てる。

「・・・・・サスケは? どこへ・・・・」

「サスケ?誰です。夢でも見たんでしょう。薬を盛られたようだから」

あなたらしくもない。
鬼鮫はため息をついて、イタチの前に小さな薬のビンをかざす。

「しっかりしてくださいよ。大事な任務があるんですから。
しかし・・・・・薬を盛られたとはいえ、そんなに正体を失くすもんですかねえ。・・・・・今は捨てた里に」

イタチは一度目を閉じて、それからゆっくりと開いた。
そこに、先ほどまでの動揺と感傷は微塵も残っていなかった。
イタチは静かに服を着て、立ち上がる。

「女、お前の情人は、正当な理由の元に俺に殺された。

・・・・・二度目はないと思え」

女は怯え、むせび泣いた。何であの人をと声をからして叫ぶ。

「殺さないんですか」

鬼鮫は口惜しそうに女を見やる。

「我々は静かにあの里に入らなければいけない。
女を殺せばすぐに木の葉の人々が動き出す。それに・・・・・いい夢を見させてくれたからな」

イタチは泣き叫ぶ女をゆるりと振り返った。その姿は少しも、彼の捨てた弟に似てなどいなかった。

 








「哀切、憐憫、宿坊。弟よ、冀え」


END