是 追いつけない
行けない 辿り着けない 小さな体は軽々と抱えあげられ木の葉の警備隊が連れて行く。 その光景を俺と兄さんは、何とはなしに眺めていた。
俺と年が近そうな子供は、泣きそうに顔を歪めて唇をきつく噛んでいる。
「兄さんあの子どうしたのかなあ」 兄さんは答えない。 俺は脚を怪我していて、兄さんに背負ってもらっていたので表情はまったく分からなかったが、
何か言いたげに少し肩がすくんだような気がした。
「別に、迷子か何かだろう」 「おっかしいの。もう大きいのにね」 俺がそういうと、兄さんは少し笑う。 「そうだな、もう大きいのに兄さんにおぶってもらったりして……おかしいな」 「もう、兄さん!」 俺も思わず笑ってしまい、兄さんの背中に顔を埋めて笑った。そのときふと何かを感じたような気がして顔を上げた。 「あ」 先ほどの子供が俺と兄さんをじっと見ている。 羨ましげに、何かをいいたげに口をぽかんと開けていた。 よくみるとその子供は体中傷だらけで、ひどく痩せている。 俺は何かひどく居たたまれなくなって、そのこのところに走っていきたかったけれど、 怪我した足が邪魔をするので仕方なく慰める気持ちで手を振った。 するとそのこは警備隊に抱えられたまま、嬉しそうに笑って、両手を大きく振り返してきた。 その途端、警備隊の男はなんのためらいもなく、大声で怒鳴り、子供の頭を拳で殴りつけた。 悪意を持った言葉は、遠く離れている俺たちの耳にも届き、 その言葉の、あまりの醜悪さに俺は怖くなって兄さんの背中にすがりついた。 「……サスケ、早く帰ろう」 兄さんは俺の体をあやすように揺さぶると、足早に歩き始める。 その子供は、太陽に良く似た金色の髪をしていた。 その日は泣きたくなるほどいい天気で、兄さんが珍しく修行を見てくれるといった。 俺は嬉しくてそこら辺を飛び回りながら、兄さんの後について歩く。 程なくして、深い森の中の木々がそこだけぽっかりと開けた場所につく。 しばらく、手裏剣や基礎運動をして時が過ぎた。 兄さんの的確な指導は、父さんよりも分かりやすく、 俺はこの短時間で自分がひどく強くなったような気がして嬉しくて仕方が無かった。 一休みしてふと、端にある大きな岩に眼が留まった。 その後ろで、金色のものがもそもそと動いている。 俺はしばらくじっと見ていたが、その正体に思い当たって、思わず大声を上げた。 「あ、兄さん、こないだの子だ! 岩のとこ、お日様の子がいる!!」 俺が指差すと、兄さんに人を指差すなと小突かれた。 「・・・・。こんにちは、ナルト君。隠れてないで出ておいで」 ナルト、と呼ばれたそのお日様の子は、びっくりして隠れてしまう。 兄さんはもう一度、俺も聴いたことの無いような優しい声で、ナルトを呼んだ。 「・・・・へへっ。見つかっちまったってばよ」 ナルトはひどく気まずそうに顔をだした。その表情は、手負いの獣に似ている。 怯えたように体をすくめて、決して眼をあわそうとはしない。 俺の横に立ったナルトは、ひどく背が低くて、顔には新しい青あざがいくつも浮かんでいた。 「この子は、サスケって言うんだ。俺は式神が呼びに来たから行かないといけないんだ。 ナルト君、サスケと遊んで やってくれないか」 その言葉に、ナルトの眼が大きく見開かれる。ついで、俺をみた。 「・・・・・別に、オレ暇だから遊んでやってもいいってばよ!」 「に、兄さん! 今日はずっと修行見てくれるって言ったのに! それに俺この子知らないよ!知らない人と遊んじゃダメなんでしょ」 俺の言葉に、ナルトの表情が気づかないほど僅かに曇る。 イタチはサスケに向き直ると、木に止まっている式神を指差した。 「頼むよ。サスケ。呼ばれてるんだ。夕刻には迎えに来るから……。ナルト君と遊んでなさい」 兄さんはそういうと、オレとナルトの手を無理やり握らせた。 ナルトは人懐っこい笑顔でニコニコと笑っていた。 「・・・・・・うん、じゃ後でね」 任務なら仕方ないので、サスケはナルトと遊ぶことにした。
ナルトはこの森のことをとてもよく知っていて、 他の誰も知らないような抜け道や、美味しい木苺のなる場所を秘密でたくさん教えてくれた。 「ねえ、次はかくれんぼしようよ!」 オレがそういうと、不意にナルトの表情が曇る。 「かくれんぼは・・・・見つけてくれないからやだってばよ」 「見つけるよ! 絶対! 見つけられなかったら、兄さんをあげるよ」 つい口に出してしまった言葉に、サスケは青くなった。大好きな兄さんをあげたら、オレはとても困ってしまうだろう。 やっぱり取り消してもらおうと口を開くと、 「・・・・・いいってばよ。兄ちゃんはサスケのだから、見つけられなかったら、また遊んで欲しいってばよ」 ナルトは寂しげに笑って鼻を擦る。 「うん、でもかくれんぼはやめる。見つけられなかったら、遊ぶ時間がへっちゃうから!」 オレはそういうと、山のてっぺんに向けて走り出した。 不意をつかれたナルトが、慌てて追いかけてきて、オレの服を掴んだ瞬間につまずき、二人で草の上に寝転がった。 そのままドロだらけになるのもかまわずに、動物の子供みたいにじゃれあってくすぐりあった。
「こんなに楽しいの、初めてだってばよ」 「おれも」 顔を見合わせて笑う。 楽しくて楽しくて仕方が無いのに、何故かぽっかりと、拭えない寂しさがあった。
金色の髪が時折不安げに揺れる。俺に気づくと、屈託の無い笑顔を向ける。 「おや、九狐じゃないですか。横にいるのは・・・・・うちはの小さいほうですね」
「イタチの弟か、やばいんじゃねえの? 九尾から引き離さねえと」 「引き離しますか」 「・・・・・いや、今はいいんじゃない、楽しく遊んでるだけのようだし」 「なんかあったら事だろう」 「なんかってなんだよ。嫌だねえ、大人ってのは。残酷で都合がよすぎる。あの子は里を救ったんだよ? 悪いことすると思ってんの」 「そりゃあんた、全てを決めてんのはみんなこっち大人ですからね。 良いも悪いもあたしら大人のさじ加減ってやつでしょ」 「うちはの子供に怪我されたら大変ですからね」 「ほっておけっていってんでしょ。わかんないかなあ」 「・・・・・・だけどねえ、あれはハラに化け物を飼ってる。いつかまた、この里のものをころすよ。 ・・・・・そう思わない大人はいないと思うがねえ」
「黙れよ。あいつもこの里の仲間だ」 「式神が呼んでます。行かないと」 「・・・・・・同じことが言えるかね? あいつが再び暴れたときに、カカシよ、あの九尾を仲間だといえるのかね」 「オレを誰だと思ってる。そのときが来たらちゃんと殺すよ。だから、今せいぜい楽しんどけってことでしょ」 「里の、火に愛された子供としてですね」 「よくわかってんじゃん、さ、行くよ、任務だ」 夕方が近づいてくる。遊び疲れた俺たちは、兄さんと別れた場所に木苺をたくさん摘んで戻ってきた。
「サスケ、お前の兄ちゃんて、いいやつだな。あんな大人みたことねーよ」 「え? 大人はみんな優しいよ」 「・・・・・俺さ、自分がなにやったかわかんねんだけど、みんな俺のこと嫌ってるんだ。 俺のこと見た大人は、みんなこんなに口が大きく裂けて、目が化け物みたいに吊り上るんだ」 ナルトはそういうと、自分の柔らかそうな頬を、思い切り左右に引っ張ってみせる。 「・・・・・こないだ、どうして警備隊に連れて行かれたの」 「俺、腹が減ってたんだ。だから買い物にいったんだけど、お金一杯持ってんのに、 みんな嫌そうな顔をして、何にも売ってくれないんだ。 店の外まで追い出されて、仕方ないから転がってた果物拾って、渡してかえろうと思ったら・・・・・」 「ナルト?」 「皆が俺が盗もうとしたっていうんだ。それですっげー殴られて、警備隊がきたってわけ。 ・・・・・やさしいのはサスケの兄ちゃんとサスケだけだってば」 ナルトは、俯いて、ないているのかと思っていたら、笑っていた。 「ナルト・・・・・」 「わ、サスケ、なに泣いてんだてばよ!腹減ったのか?木の実食えってば」 「ナルト」 俺自身は何も泣くことはないのに、涙が溢れて止まらなかった。 いつも無条件にやさしいはずの大人たちが、鬼のような形相をナルトに向けるのを想像して、ひどく怖くなった。 兄さんは優しかったのに、いつか彼もナルトに手を上げる日が来るのだろうかと思い、さらに泣いた。 そのとき、ナルトが俺を慰めるようにゆるく抱きしめた。 「サスケ。俺、強くなるから。いつかみんなに俺を認めさせるから」 泣かないで・・・・・。そういってナルトは俺の背中を撫ぜてくれる。 お日様の子は、ついに一度も泣かないで、兄さんが来るまで、じっと俺を抱きしめていてくれたのだった。 「サスケ、帰るよ」 森はいつのまにか真っ暗になっていた。兄さんはナルトに木の実を貰って微笑んでいる。 ひどく優しい顔をして、ナルトの頭を優しく撫でた。 「・・・・・兄さん!」 ナルトの前であるのに、俺は兄さんにしがみついて顔を摺り寄せる。 そうしないと再び泣いてしまいそうだったからだ。兄さんは俺の頭も軽く撫でてくれる。 こんな優しい手が、誰かを傷つけるなんて思いたくも無かった。 「すまないね。ナルト君、今日はありがとう」 「へへっ。おれすっごい楽しかったってばよ」 「また、明日、絶対絶対遊ぼうな!」 俺たちは指切りして、何度も何度もそう言って、ナルトの姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。 「また、明日ってばよ」 最後にちょっと振り返ると、ナルトは暗いくらい森の中に駆けて行った。 帰り道、今日はひどく楽しかったことを何度も何度も繰り返して話した。兄さんは黙って聞いていたが、
突然、 「サスケ、今日のことは忘れてしまいなさい」 言って、兄さんは俺の目の前に手をかざし、呪文を呟いた。 「兄さん・・・・・」 明日ナルトと、あれをしようこれをしようと思っていたことが段々薄れていく。 「俺、明日ナルトに宝物を見せてあげるって約束した・・・・・」 今日の楽しかった記憶ももやがかかったように消えていく。ついで、強烈な睡魔が俺を襲った。 「忘れてしまえ、お前に、幸せな記憶などいらない」 最後に、必死で忘れないように掴んだと思った、金色の記憶も闇の中に消えた。 夢をみるようになった。
深い深い森の奥で、金色の髪をした見知らぬ少年が毎日毎日俺を待っている。 首うなだれてただじっと、俺が来るのを待っている。 その夢を見るとひどく胸が痛くなって、俺は何度も夜中に起きだして泣いた。 その度に、母さんが優しく俺を抱きしめてくれるので、それがますます切なく、ただ、声がかれるまで泣き続けた。 その意味も、分からずに。
木の葉の里を抜け出して、力を求めて走った。
そのとき不意に、悲しく笑う金色の髪の子供とまた遊ぶ約束をしていたのを思い出した。 「ナルト……」 追いつけない
行けない
辿り着けない
俺はいつだって何一つ、知らず、手にも入れられない
「・・・・・ナルト・・・・・」 全てが終わったら、またあの森でお前と二人……遊ぼうか。
END
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