涙ぐむ月











その日は、虫の居所がひどく悪かったに違いない。








任務に向かうときには大概感情や感傷といったものは置いていくようにしていたが、
その日は少し違った。

今日の任務についてきた子供が原因だった。

年の頃は五、六歳、ふとしたまなざしや思想仕草、
銀色に光る髪の色までが自分にひどく似ていてなんとなく気分が悪くなっていた。







「それ、お前の息子みたいじゃないか」







三人組の、片割れが自分と子供を交互に見て笑う。








「・・・居たとしても、まだこんなに大きくは無ーいよ」







俺は舌打ちして、早々に狐の面を付けさせた。

その時、子供が少し笑ったような気がした。





 
「おお、よくついてくるじゃないか」






今日の任務は暗部にしては物足りない、地味なものだった。



しかし敵はいる。



子供は実に良く働いた。
見えない面でひきつる顔を隠して、ただひたすらに俺たちに追いつき、




冷静な一手でもって敵を迎え撃つ。








「お前、の再来かな」








この子供は幼くとも優秀で、
アカデミーに頼ることなく俺たち暗部に実践を知る目的で手渡された。
こういうことは稀にある。
他より秀でてしまったために早すぎる里への貢献を強いられるのだ。






果たして、そこに里への愛はうまれるものか?







 
「最後の一人っと」








血まみれで今にも息絶えそうな敵を引きずってきて、子供の前に投げ出した。
どうせ最後だ。顔を見られることも無い。
俺は面を地に投げ捨て、
子供の前に真新しいクナイを突き立てた。









「さあ、殺せよ」








 
どうぞと、敵を指差す。
子供はクナイを握った。

その手が先ほどとは違いひどく震えている。








「早く」








俺の持っていた刀が、敵の片足をもぎ取った。
低くくぐもった様な悲鳴と笑っているような嫌なうめきが耳につく。


子供は大げさなほど体を震わせて耳を塞ぐ。








「おい、こいつ初めてだろ。今日はこのくらいでいいじゃないか。」








「だか?お前のその刀傷はなんだ?さっき、こいつはミスした。
俺が戻らなければお前は死んでた。

眠るより簡単な任務だ。無傷で帰るはずだったろ。

チームワークが台無しだ・・・・・さあ、早く殺れよ。さもなくば……死ね」









「カカシ!」









「甘い。甘いよ。忘れたの、俺たちには終わりはあっても始まりは無いんだよ」

 






日々これ戦いの・・・・生きたときにはもう死ぬかもしれない・・・・・運命。

 







「・・・・・う、わああああああああ」









一瞬の隙を突いて、子供が敵でなく、俺に向かってきた。

反射的にかざした刀で、子供の面が割れる。








「お前は・・・・・!」









突然の強風に煽られて、一瞬目の前が見えなくなる。
とっさに車輪眼を発動させて辺りを見回したときには
・・・・・誰も、子供も敵も、見方の姿も無かった。


ただ、暗闇、そこにあるのはその眼を使ってでも見えない、闇。








「・・・・・!」









見方を呼ぼうとして、それが誰だったか思い出せないことに気づく。



ただ思い出せるのは、片目を隠し、自分と同じ銀色の髪をしていたことくらい・・・・・。

 









暗部は酷かった。
まだ六歳の子供の俺にも容赦はなく失敗すれば大人の力の限りに殴られ、
怪我したからだを労わられることなど無かった。
常に最上を求められた。
そして人を殺すよりも何よりも怖かったのは長期任務での紡がれる囁きだった。


抗えば殺される、
受け入れなければ、
殺される。




処理するだけの愛を何度この体に注がれてきたか。

 














「・・・・イルカ・・・・・」















両手を強く握り締め、
闇の中で深く深く祈る。




あなたに会いたい。今すぐに。




会ってこの体を・・・・抱いていて欲しいよ・・・・・。

 

















「ここにいますよ」









不意に、闇の中に光が燈る。優しい声がして、俺はゆっくりと眼を開けた。

 







「・・・・・カカシさん」









霞む眼に、愛しい人の姿が映る。覗き込まれた顔に、暖かい雫が降り注ぐ。









「・・・・・おはようございます」









イルカ先生の指が、何度も何度も震えながら優しく俺の顔に触れる。









「イタチはもういません。・・・・・少なくとも今は」

 







のどが渇く、今日も生きてた。


大好きなあんたに、また会えた。

 














「イルカ先生、お願いがあるんですが」

 






嬉しそうに笑う背中に、俺は静かに問いかけた。








「なんですか? 俺にきけることなら、どんなことでもどうぞ」

 

 















今は、悪い夢を見て、虫の居所が悪いから、こんなことも平気で言う。











「元気になったら、抱いてください。あなたを愛しているんです」

 

 




END