そんな、あなたが













そこに、いつでも触れられる距離にいるなんて、なんて贅沢で面映いことだろう












料理の仕込をしている途中、サンジはつい居眠りをしてしまった。

といっても半覚醒の状態で、ジャガイモとナイフを握ったままぼんやりとテーブルに突っ伏していた。

そのまま薄く目を開け、自分の城を見るとは無しに眺める。

狭いけれど、快適なキッチン。よく磨き上げた鍋に鍵が付いていない冷蔵庫。

(やっぱり、鍵が付いた冷蔵庫が欲しい。あと鍵がついたワインクーラー。)

船内には手強い酒と肉泥棒がいる。それを阻止するのはしごく骨が折れることで、

夜中に仕込みをしたりキッチンに入れないように画策したりしているが、一向に効果がなかった。

(一回、クソ絞めるか)

そう思うのだが、いつものらりくらりと逃げられる。

(海のど真ん中で、食い物がなくなる怖さを知らねえもんな・・・)

まあ、あんなものは知らなくてもいいことだ。サンジは銜えたままだったタバコの煙を、ゆっくりと吐き出した。

その時、キッチンに向かって歩いてくる足音が聞こえ、サンジは思わず身を硬くした。

(・・・来やがったな。今夜はルフィかはたまたゾロか)

現場を押さえてやる。サンジは寝たふりをしたままやってくるキッチンの敵を待った。やがて扉が静かに開けられる。

(ゾロだ!!)

サンジは目を閉じたままにやりと笑う。クソマリモめ、積年の恨み晴らしちゃる! そう思い、ナイフを強く握りなおした。







「・・・おい、コック。・・・寝てんのか?」

ゾロが声をかける。しかしサンジはぴくりとも動かない。

ゾロは妙な格好で眠っているサンジを怪訝そうに見下ろした。

「ったく、しょうがねえな」

ゾロはため息を付くと、サンジの手からナイフとジャガイモを取り上げ、脇のボールの中に突っ込んだ。

そしてサンジの口からタバコを抜き取り灰皿に押し付ける。

「・・・コック、起きねえよな?」

ゾロは小さな声で呟くと、そっとサンジの首筋に指で触れた。

(・・・ひいいいいいいいいい!?)

サンジがあまりの不快さに、心の中で雄たけびをあげる。

しかし、酒泥棒を抑えるチャンスだと起き上がって蹴りをお見舞いしそうな自分を必死で抑えた。

「丸くてちいせえ頭だな。アホみたいに黄色いし」

ゾロの指がさらりと髪を撫で、頬を撫でる。ごつごつしていると思っていたのに、ソレは意外と柔らかく優しい動きをした。

「・・・今日は、いいか」

ゾロはサンジから指を離すと、酒を眺めて頭を掻いた。














扉が閉まり、足音が遠ざかる。

「・・・ええええ?」

その瞬間、サンジはがばりと起き上がり何度かゾロの触った箇所を擦った。

「んんんん!?」

サンジは先ほどのゾロの行動を反芻して、自分の顔が熱く真っ赤になるのを感じた。

「は、恥ずかしい・・・!」

なんだ、なんなんだよあいつは!!しかも酒もって行かなかったし!

サンジはパニックになって、猿のようにうろうろとキッチンを歩き回った。

(気持ち悪かった!! ・・・でも、ちょっと気持ちよかった・・・)

そう思ってしまった自分に、サンジはがくりと肩を落とす。

「・・・んニャミさああん! ロビンちゃあん!」

そうして、サンジは半泣きになりながら、混乱した頭を抱えたまま朝になるまでジャガイモの皮を剥き続けた。













知らないけど、知ってた

だけど、怖いから知らないふりしてた













「なあ、サンジィ! なんで最近イモばっかなんだよう!!」

肉食いてえよう! ルフィがテーブルにずらりと並んだジャガイモ料理を見て、いやそうに声を上げた。

「うっせえ、海でコックに逆らうな!! 黙って食いやがれ!」

サンジはナイフを握り締めたままルフィを一喝する。

「でも、もう三日目じゃない、サンジ君。おいしいんだけどあんまり続きすぎだわ」

ナミもうんざりした顔でジャガイモの載った皿をつつく。

「そうですね!! それじゃあナミさんとロビンちゃんにはサンジ特製肉料理をご用意いたします!! メロリーン!!」

言うが早いかサンジは冷蔵庫から肉を取り出すと調理を始める。

「ずっりい!! なんだそれ!!」

ルフィが叫ぶ。

「ずるいぞ、サンジ!! おれも肉くいてえ!!」

チョッパーがフォークを振り回す。

「トナカイは肉食うな!!」

サンジが切れてチョッパーの口にジャガイモを詰め込んだ。

「わけわかんねえよ!!」

白目を剥いて倒れるチョッパーをみて、ナミの後ろに隠れながらもウソップが突っ込む。

サンジは男供の罵声を浴びながら女性人の為に肉を焼く。

(・・・ゾロのおかげで一晩で一週間分のジャガイモ剥いたなんか言えるか!)

サンジは、一切文句を言わずにもくもくと食事するゾロをちらりと睨み付ける。

「? うめえぞ?」

サンジと目があったゾロは、ジャガイモを詰め込んだ頬を盛大に膨らませたままもごもごと言う。

「わ、わかってんだよ!!」

サンジはまた顔が真っ赤になるのを感じて慌てて顔を背ける。

「・・・」

その様子を見て、ナミが少し眉を顰めた。











眠ったふりだ。あんなゾロを、オレは知らない。












それからも、たびたびゾロは夜中に酒を飲みに来るでもなくキッチンにやって来た。

そうして、眠っているサンジを見つけてはどこかしらに触れ、起きていなければ意味を成さない言葉をかける。

「・・・サンジ・・・。起きちまえよ・・・」

一度などは後ろからそっと抱きしめられて、知りたくもない体温を感じさせられた。

「そしたら、ちゃんと言える・・・」

(何が。何を言うつもりなんだ・・・)

サンジの体が小さく震える。眠ったふりをしたまま、寝返りをうち、ゾロの体をゆっくりと押しのけた。







一回りも大きくて暖かいゾロの体。

優しく動く指。

「・・・はっ・・・」

誰もいない貯蔵室で、サンジは混乱した頭で自慰をする。

ゾロの囁く声、気づけば、見守るように感じる視線。それらを思い出すたびに身体が痺れ、快感に背中が反り返る。

(・・・犯されたい・・・)

身体が高ぶり息が上がる。白濁した欲望を吐き出し、サンジはむなしさに呆然とへたり込む。

「オレは女の子が大好きなんだ・・・」

自分のその言葉が、言い訳のように聞こえる。

「そう。だから、好きなんじゃないんだ・・・」

たまたま、触ってきたのがゾロだっただけで。そう思う自分に愕然とする。じゃあ、誰でもいいみたいだ。触ってさえくれるなら・・・。

(ルフィでもいい?)

「嫌だそんなの。あいつは男だ。考えるのも気持ちが悪い」

サンジは精液まみれの手をじっと見る。ゾロが、サンジに吐き出させた己の精。

「気持ち悪い」

汚れた手を洗う。気がつけば長い間、ナミに声をかけられるまでずっと手を洗い続けていた。







「ゾロの気持ち。サンジ君わかってるんでしょ?」

「・・・なんのこと? ナミさん」

「・・・好きになれないなら、言ってあげなさいよ。無理だって。気持ちが悪いならそうだって。これからもずっとそばにいるのよ?」

「わかんないなあ。あ、今日のデザートはなんにする?」

「ちゃかさないで。それともゾロは特別なの?」

ナミがそういった途端、サンジは片手で彼女の口を塞いだ。

「・・・あんまり、いいすぎだよ、ナミさん?」

サンジはニコリと笑ったが、一瞬、ナミに、女の子には見せたこともない表情をした。ナミがひどく怯えた顔をして走り去る。

「最低だ、オレ」

その場にずるりとへたり込む。そして、無意識のうちにゾロの名を呼んだ。












わかってる。髪や身体を触られて、焦らされてその先を期待してるのは、オレだ。












何日かぶりに小さな島へ到着した。

「コックさん、船を下りないの?」

チョッパーたちに買い物を頼んでいた時、ロビンが珍しく近寄ってきた。

「うん、少し具合が悪いみたいなんだ・・。けど、ロビンちゃんは楽しんできてねえ!!」

本当に、少し顔色が悪いぞ。チョッパーが心配そうにサンジの顔を覗き込む。

「・・・分かったわ、じゃあ何かお土産買ってくるからここでいい子にしててね」

「お土産なんていいんだよう! ロビンちゃんが楽しんでさえ来てくれれば!」

メロリンと叫びながらサンジは身体をくねくねさせる。・・全然元気じゃねえか。チョッパーは少しいらっとした顔をした。

「・・・ゾロが残るわよ!!」

怒ったような顔をしたナミが、そういい捨てて船を下りた。







「はあ・・・」

暇だ。サンジはキッチンでタバコをくゆらせながらぼんやりと天井を見ていた。その時、扉が開いてゾロが顔をだした。

「おい、コック・・・」

「・・・なんだよ。昼にはまだ早いぜ」

サンジはそういうと、タバコをもみ消し、机に突っ伏す。背けた顔が赤いのを見られたくなかった。ゾロが無言のまま近づく気配がする。

「・・・コック、こっち向けよ」

後ろからゾロに抱きしめられる。ゾロはサンジの耳たぶを指でいじりながら首筋に唇を這わせる。

「・・・っつ」

サンジが息を呑む。ゾロの手がそろそろとシャツの間から入り込み、肌をまさぐる。

サンジは身体を硬くしたまま、動かない。

「・・・なんで、嫌がらない。いつもみたいに嫌がってキレて、オレを蹴り上げちまえばあきらめて全部終わるのに。・・・どこまで触っていいんだ・・・」

ゾロが、首筋の柔い皮膚に歯を立てる。その途端、自慰とは比べようもない快楽が身体を走り抜ける。

「・・・わかんねえ、嫌じゃないから、わかんねんだ・・・」

いつの間にか、サンジの目から涙が溢れている。ゾロはソレを舌でゆっくりと舐めとった。

「他の男は嫌だ。でも、お前には・・・何されても嫌じゃねえ・・・」

ゾロの動きがぴたりと止んだ。サンジは閉じていた目をゆっくりと開け、ゾロのほうを向いた。

「・・・それ、スキってことだよな」

見る間に赤くなるゾロの顔を見たとたん、不意にいとおしい感情がこみ上げてきた。震える手でゾロを抱きしめ、額に唇を押し付ける。

「・・・お前のせいで、ナミさんをいじめちまった」

「・・・こんな時に他の奴の話なんかするなよ」

目があって、唇が重なる。躊躇いがちに舌が割り込んできて、後は激しく絡み合う。

ゾロの手が、サンジの服を殊更ゆっくりと脱がし始めた・・・。
















「いつから、知ってた」

ゾロがサンジの髪をくしゃくしゃと撫でながら尋ねる。

「・・・」

しばし逡巡したサンジは、ゾロに耳を貸せと指で呼ぶ。

「・・・うおあいってえ!!」

サンジは答える代わりにゾロの耳に思い切り噛み付いた。

「・・・へへへ」

耳を押さえうなるゾロの唇に、サンジは嬉しそうに触れるだけのキスをした。





end